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4)フッ化物摂取と健康

(1)フッ化物の過剰摂取

a フッ化物の急性毒性

 すべての物質がそうであるように、フッ化物も過剰に摂取すれば中毒を起こします。中毒とは化学物質が主として体外的に作用して、ヒトの生体機能が障害され、悪影響がみられる状態をいいます。臨床的に問題となる急性中毒は事故または意図的に一時的に中毒量の化学物質を摂取または吸入して、短時間に症状が出るものをいいます。

 フッ化物の急性中毒については多くの報告がありますが、多くはフッ化物製剤の誤用や大量摂取などとされます。最近20年間、フッ化物の歯科的応用の拡がりにより外国では歯科用薬品に関連しての事故例が多くなっています。しかし、わが国では、フッ化物製剤は先進諸国ほどには普及しておらず、また管理が行き届いているせいか、中毒例は極めて少ないといえます。とくにわが国では家庭で用いるフッ化物錠剤がないことが中毒例の少ない原因となっています。

b.フッ化物の推定中毒量(PTD)

 フッ化物による急性中毒は、フッ化物をどのくらいの量飲み込むとおこるでしょうか。研究者が自分を被験者とした実験を例外とすると、ヒトでの中毒実験は不可能なので、その中毒量はもっぱら過去の過剰摂取による事故例によるものです。わが国では事例は少ないのですが欧米ではフッ化物錠剤が広く使用されていることもあって、子供の誤飲による中毒例が少なからずあります。しかし、一般の事故例では、その症状は多岐にわたり、どの症状からを中毒の発現とするかが難しく、また、偶発的な事故例から正確なフッ化物の摂取量を知ることは困難であり、多くの場合、中毒量は推定値となるのは止むを得ないことです。以下、現在、国際的に広く認められている、フッ化物の推定中毒量PTD(probably toxic dose)についてすこし詳しく解説しましょう。

  Whitfordは事故による中毒の報告例の分析から、安全な許容耐量として推定中毒量PTD・5 mg/kg(体重)を中毒症状が生じる最少量としましたが、推定中毒量PTDを直ちに医療が求められるもの、と定義しました。

  これとは別にHeifetz & Horowitz(1986年)はフッ化物の経口摂取の許容耐量を年齢とは無関係に8 mg/kg(体重)としました。これは、Hodge and Smithの推定致死量CLD(certainly lethal dose)が32〜64 mg/kgであり、この低い方の32 mg/kgの1/4量の8 mg/kgを根拠にしたものです。これはBlack らによるフッ化物の経口摂取に対する重篤な急性症状をもたらさない量としてのSTD(safely tolerated dose)を推定致死量CLDの1/4量としていることから決められたものです。

  Eichler らも、オーストリアのウイーン毒物コントロールセンターで経験した多くの子供のフッ化物錠剤多量摂取例とその症状の発現状況からフッ化物の推定中毒量PTD(probably toxic dose)として5 mg/kgを提唱しました。

 これらの報告から、フッ化物の経口摂取では5 mg/kgをもって推定中毒量PTDとしてよいとされたのです。なお、米国疾病制御センター(CDC)は、このフッ化物の経口摂取量の推定中毒量 PTD(probably toxic dose)・5 mg/kgを支持しています。

  また、わが国の(財)日本中毒情報センターはヒトのフッ化物経口投与中毒量を次のようにまとめています。

 中毒量:約5〜10mg/kg、消化器症状は約3〜5mg/kgで生ずる。
 http://www.j-poison-ic.or.jp/homepage.nsf

 なお,中毒とは,毒物を摂取して何らかの生体機能が障害され悪影響がみられるものをいいます。悪影響が見られない場合(ホメオスターシスが保持されている状態)は,症状があっても中毒とはいわず単に負荷とよばれます。食べ過ぎや飲みすぎ、あるいは嫌いなものを口にした際の一過性の不快症状を中毒とはいわないのです。

 なお、しかし、以上述べたこれらの中毒に関する記述は、医療や公衆衛生分野でのフッ化物製剤応用の際の使用量とは、ほとんど無関係なレベルであることを申し添えなければなりません。

表4 フッ化物洗口とフッ化物推定中毒量(PTD : probably toxic dose)
製 剤 フッ化物濃度
NAF % F ppm
1回使用量
洗口液量 F量
推定中毒量(PTD)
15 kg児童 20 kg児童
NaF 洗口液
NaF 洗口液
0.05  230
0.20  910
5 ml 1.15 mg
10 ml 9.10 mg
320 ml 430 ml
82 ml 110 ml
adapted and modified from Whitford G. M., J. Public Health Dent., 1992

  表4フッ化物洗口に使用する洗口剤のフッ化物濃度および1回の使用量、それぞれの洗口剤の推定中毒量(PTD)を表わしたものです。保育園、幼稚園などで行なわれるフッ化物洗口の毎日法(週5回法)ではNAF(フッ化ナトリウム)0.05%、フッ化物濃度では230 ppm、1回の洗口液5 ml中のフッ素量は1.15 mg、推定中毒量(PTD)は4歳児(体重15Kg)で75 mgですから、洗口液320 mlに相当することが示されています。また、一般に小学生以上に応用される週1回法・フッ化ナトリウム0.2%の場合で、1年生では推定中毒量(PTD)は体重20 kgで100 mgですから、洗口液110 mlに相当することが示されています。

 保育園、幼稚園などで行なわれるフッ化物洗口の毎日法(週5回法)ではフッ化物の飲み込み量は平均0.2mg以下であることが分っています。体重kgあたりのフッ化物量で示すと、この量は4歳児(体重を15kg)では0.013 mg/kg(体重)、5歳児では0.01 mg/kgです。わが国での調査では全量を飲む例はなかったのですが、仮に1回の洗口液の全量(フッ化物量約1mg)を飲んだとし場合、この値は 0.067 mg/kg、5歳児で0.05 mg/kgであり、この量は、上に述べた推定中毒量PTD・5 mg/kg(体重)のおよそ75分の1ないし100分の1程度であることがわかります。

 小学生以上での週1回法では、1回の洗口の飲み込み割合は10〜20%、フッ化物量で0.9〜1.8 mgとなり、小学校1年生(体重20kg)では体重kgあたりのフッ化物量は0.045〜0.09 mg/kgですが、学年が上がるにしたがって体重が増加するのでこの値は相対的に減少することになります。小学生以上で全量を飲み込むことはないのですが、参考までに、1回の洗口液の全量(フッ化物量約10mg)を飲み込んだ場合の計算値を示しますと、小学校1年生(体重20kg)で体重kgあたりのフッ化物量は0.45 mg/kg、小学校6年生(体重40kg)で0.23mg/kgになりますが、これも推定中毒量PTD・5 mg/kg(体重)のおよそ10分の1から20分の1程度であることがわかります。

 使用目的の全く違う薬品の誤用だとか、明らかな計算ミスを別にすれば、わが国では個人的に使用するフッ化物錠剤がないためとも考えられますが、むし歯予防のフッ化物製剤での中毒例は知られていません。長年、実施されてきたフッ化物歯面塗布や近年、普及が著しいフッ化物洗口での中毒例はないのです。

c.急性中毒の際の処置

 フッ化物の過量経口摂取による急性中毒発現の際には、どれだけのフッ化物を摂取したかを大まかに推量する必要があります。場合によって異なりますが、例えば4歳の子どもが大きさ中(65g程度)のフッ化物配合歯磨剤(1,000 ppm)を1本食べた(フッ化物摂取量65mg)、といった場合にです。この4歳児の体重を15 kgとするとその子のフッ化物摂取量65mgは推定中毒量の75 mgに近く、その段階で対応する処置を早急にとる必要があると考えられるからです。一般に急性中毒の処置は毒物の除去と対症療法に分けられますが、毒物の除去が優先されます。

 方法は希釈、催吐、胃洗浄です。フッ化物の場合についてBayless and Tinanoff(1985年)は、フッ化物の経口摂取量により、5 mg/kg未満と5 mg以上15 mg /kg未満および15 mg /kg以上に分類し、それらの対処の基準を記載しました。5 mg/kg未満に対してはカルシウム含有の飲料(牛乳等)を与え、数時間監視をすること(上記の歯磨剤誤飲の症例はこれにあたる)、5 mg以上15 mg /kg未満と15 mg /kg以上では基本的には同様な処置ですが、入院加療が必要で、嘔吐させ、カルシウム製剤を投与します。

d.フッ化物急性中毒の予防

 これまでフッ化物の急性中毒について述べてきましたが、保護者、専門家がフッ化物製剤について安易な取り扱いをしない限り、歯科用フッ化物製剤で急性中毒を起こすことは考えられないのです。しかしフッ化物を扱う際、万が一を考え、普段にトラブルを起こさないように努力すべき事は当然です。以下に注意事項を列挙します。

1) 歯磨剤を幼い子どもが使用するときは監督をする、
2) 洗口液、スプレー容器は幼児の手の届く所におかない、
3) 専門家はフッ化物歯面塗布にあたって必要以上の量を摂取させないように塗布術式を忠実に守る。

(2)歯のフッ素症(斑状歯)

 歯の形成期、永久歯では出生から満8歳までの間に高濃度のフッ化物を含む飲料水を継続的に飲用すると、歯のエナメル質が白く濁って見える、歯のフッ素症 (斑状歯) が発生することがあります。歯がつくられるとき、厳密にはエナメル質の形成時だけエナメル質をつくる細胞(エナメル芽細胞)がフッ化物に敏感に反応し、過剰摂取が続くと体のほかの組織には異常が全くみられなくても、歯が白くなる場合があるのです。

 歯のフッ素症の発症の程度および部位は、エナメル質の石灰化時期におけるフッ化物摂取量、フッ化物に暴露する持続期間などにより決まります。審美的に問題がなく専門家でないと検知できない程度の軽微なものから、歯のエナメル質の一部から全部を覆う白斑や褐色斑、さらには実質欠損を示す重度のものまで、様々です。

 非常に軽微なフッ素症は、非フッ素性のエナメル質の白斑と比較して鑑別が困難であり、また、過剰なフッ化物でなく、それ以外の原因によって類似の症状を示す場合があります。疫学調査で、歯のフッ素症と判定する基準としてあげられるのは、通常、左右両側に対称にみられ、歯を横断する水平的な縞模様を示す傾向があること、また、小臼歯および第2大臼歯が最も影響を受けやすく、続いて上顎の切歯であり、下顎の前歯が最も影響が少ないことなどです。診査者は、あらゆる歯の形成不全に留意して、その形成不全がフッ素症として典型的なものであるかどうか決定しなければなりません。原因となるフッ化物の供給源、とくに対象者の飲水歴を確認して、白斑がフッ素性かどうかを判断するのです。

 歯のフッ素症を評価する指標としては、Deanによって開発された指標が広く用いられています。WHOは、Deanの指標とその基準を疫学的調査の際に適用することを奨めています。Deanの指標を用いて地域における歯のフッ素症の流行程度、または歯のフッ素症の公衆衛生的意義を表わすために、地域歯のフッ素症指数(CFI)が用いられています。CFIが0.4以下であればその地域は歯のフッ素症の非流行地であり、0.6以上であれば流行地、 0.4〜0.6では境界としてみなされる地域として判定されます。

 フロリデーション地域(水道水フッ化物濃度調整地区)での歯のフッ素症は、発現したとしても軽微なものであり、歯の機能、すなわち日常生活における見かけや美容上の問題はなく、公衆衛生的に全く問題がないレベルとされています。飲料水中のフッ化物濃度、歯のフッ素症、およびむし歯予防の関係を立証した Deanによる1930〜1940年代の一連の疫学的研究によれば、飲料水中フッ化物濃度が至適濃度付近の地区で生まれ育った12〜14歳児で、そのフッ化物濃度が0.9 ppmの場合に12.2%、1.2ppmの場合に15.0%の「非常に軽い」および「軽い」歯のフッ素症が発現しました。しかし、温暖な地域における一般的な水道水フッ化物添加の至適濃度である、およそ1 ppmの飲料水中のフッ化物濃度では、むし歯は有意に減少し、歯のフッ素症は軽微な状態にとどまるのです。そうした歯のフッ素症は、専門的な訓練を受けた診査者以外では、気づくこともない非常に軽いカテゴリーに限定されており、日常生活においてなんら障害をもたらすものではなく、また、歯のフッ素症を所有する人がそれに伴うなんらがの全身的な障害をもつものでもありませんでした。

 英国における調査では、フロリデーション地域と非フロリデーション地域では、非フッ素性白斑の発現がそれぞれ24%および47%と、非フロリデーション地域の方が多く発現していました。また、日本における研究で筒井らは、むし歯の初期に現れる脱灰性白斑とフッ化物以外の原因によって起こる特発性白斑とを併せて非フッ素性白斑とし、これら白斑の発現と飲料水中フッ化物濃度との間に負の有意な相関関係がみられたと報告し、飲料水中のフッ化物によって非フッ素性の白斑の発現が抑えられるという現象は、フッ化物が良好なエナメル質形成に寄与するという理論と、初期の脱灰に対して積極的に再石灰化を促進させるという理論の反映であると考察しています。これらのことから、歯のフッ素症を評価する際には、むし歯の問題や非フッ素性白斑の発生を考慮することなしに、歯のフッ素症の発生を抑えればよいということにはならないようです。

(3)飲料水中のフッ化物摂取と骨折リスク

 図2は、最近、整形外科関連の学術雑誌に発表された注目すべき論文からのものです。「長期間にわたる飲料水中のフッ化物摂取と骨折リスク効果」と題する、米国国立衛生研究所(NIH (PHS1 RO1 AR-42838) )の研究費でなされた2001年の調査研究報告(Yiming Li et al. J. Bone and Mineral Research 16(5): 932-939, 2001)です。

  この研究は、中国の郡部の人々を対象に行われた、飲料水中のフッ化物濃度の異なる地域住民の骨折頻度の比較調査研究です。飲料水のフッ化物濃度の分布は0.25〜7.97 ppmとかなり大きな濃度差のある6つの地域に住む住民を対象としのもので、調査結果から、飲料水のフッ化物濃度と骨折頻度との間にはU字型の関係が存在し、むし歯予防に最適であるとされる、フッ化物濃度1.00〜1.06 ppm群で骨折の頻度が最も低かったのです。

図2 飲料水フッ化物濃度と全骨折頻度
Li et al. J Bone Mineral Res 16(5): 932-9, 2001

図2 飲料水フッ化物濃度と全骨折頻度

*:飲料水フッ化物濃度1.00-1.06 ppm群との比較で、危険率5%で有意差あり

 調査対象者は合計8,266人、50 歳以上で各該当地域に25 年以上居住し、その飲料水を生涯飲用し続けてきた人々です。ほとんどの住民は生まれたところに居住し、とくに都会から地方への移住は存在しなので、調査対象者個人の飲水歴などの調査は容易であり、確実にできたとのことです。当該地域の住民では歯磨剤や洗口剤の使用は全くなく、13.5%の住民がお茶を飲用していたのですが、そのフッ化物濃度は飲料水のフッ化物濃度に依存するものでした。

 分析因子としてはフッ化物の暴露、骨折頻度、地域環境、既往歴、身体的活性度、喫煙および飲酒です。各変数についての二変数分析(Χ2検定とt-テスト)の結果、全骨折頻度と有意な関連を示した変数は、高年齢群 ( p<0.01)、男性群 ( p<0.01)、飲酒群( p<0.01)および重労働群( p<0.05)でそれぞれ有意に高い相関を示しました。また、飲料水中の微量元素としてカルシウム、アルミニウム、セレニウム、鉛、カドミウム、鉄、亜鉛、砒素が調べられましたが、カルシウムと鉄が骨折頻度と有意な関連にあることが分かりました。

  この研究で重要なことは、こうして得られた各個人の多数の変数である要因情報は、多変量ロジスティック解析という現在の最も進んだ統計手法によって、地域単位ばかりか個人単位でも調整されていることです。これによって、交絡因子による結果の歪みをほぼ完璧に消すことができているのです。

  骨折の調査では骨折したとき病院にかかっていれば、その医療機関のカルテやレントゲンフィルムの検分を行い、病院にかかっていなければ、あらためて申告した骨折箇所のレントゲン撮影を行なうなど、骨折の証拠を確実なものとして調査をしています。

 結果として、飲料水のフッ化物濃度と骨折頻度との間にはU字型の関係が存在し、フッ化物濃度1.00〜1.06 ppm群で骨折頻度が最も低く、これに比較して高フッ化物濃度群(4.32〜7.97 ppm)および低フッ化物濃度群(0.25〜0.34 ppm)の骨折頻度は統計学的に有意の差(p<0・05)をもって骨折頻度が高かったことが明らかにされたのです。この所見で重要な点は、骨折頻度が最も低かったのはフッ化物濃度1.00〜1.06 ppm群であり、このフッ化物濃度は国際的にむし歯予防に最適とされる水道水フロリデーションの至適濃度に一致していることです。歯の健康にとっての至適濃度であるフッ化物環境は骨の健康にとっても最適な環境であることを見事に示しているのです。

 この論文の考察では、米国では骨粗しょう症による骨折は年間約150万人,寛骨骨折は 25万人を数えることをあげ、この高齢者の骨折問題は、今後、人口の高齢化が進んでいる、とくにアジアにおいて大きな保健システムの重荷になるとしています。そして、骨折リスクに関わるフッ化物レベルの潜在的作用を明らかにすることは、水道水フロリデーションにとって重要な事項であるとしました。

 今日、この種の調査ができるのはきわめて限られた地域です。フッ化物の摂取が飲料水と食物に限られ、フッ化物配合歯磨剤やフッ化物洗口、乳児に対するフッ化物投与の処方などはまったくない地域住民でなければならないからです。飲料水フッ化物濃度と骨折との関連の研究において、これまでのこの分野の研究結果があまり明瞭でなかったのは、偏に飲料水や食物以外にフッ化物暴露のない人口集団を得ることの難しさにあったと、この論文で考察されています。多くの国、地域では 1970年代以降、フッ化物配合歯磨剤やフッ化物洗口剤、フッ化物錠剤などが国際的に大規模に普及されてきたためです。

 一方、水道水フロリデーションレベルでの飲料水フッ化物濃度と骨密度および骨折頻度に関する研究については、異なる地域および異なる集団における多数の疫学的証拠が提示されていますが、水道水フロリデーションが骨に関する有利な影響を示唆していることが多く、少なくとも不利な影響を示す証拠はないのです。

 むし歯予防のため飲料水中のフッ化物濃度を至適濃度に調整した地域住民のフッ化物摂取レベルと、骨フッ素症を引き起こす高濃度フッ化物イオンレベルとでは大きな隔たりがあり、むし歯予防のためのフッ化物応用と骨フッ素症の問題とは、異なる範疇の問題であることに留意すべきでしょう。WHOは寛骨骨折および骨の健全性に関連して、現在のむし歯予防のための水道水フロリデーションという公衆衛生的施策に変更を要するような科学的に明瞭な事実は認められないと述べています。

(4)フッ化物適正摂取量と摂取許容量

表5は、米国医学研究所から発表されたフッ化物適正摂取量と摂取許容量を表したものです。年齢別、性別で示されていますが、例えば4〜8歳では男女児とも1日あたり1.1 mg、9〜13歳では2.0 mg、がその適正摂取量です。この基本は、0.05 mg/ kg/ day、すなわち、体重1 kg当たり0.05 mgのフッ化物を毎日摂取することを適正摂取としていることが分かります。

表5 年齢別、性別のフッ化物適正摂取量 AI と摂取許容量 UL
年齢 性別 体重
適正摂取量 (AI) 摂取許容量 (UL)
0-6カ月
6-12カ月
1-3年
4-8年
9-13年
14-18年
14-18年
19年以上
19年以上
M F
M F
M F
M F
M F
M
F
M
F
7
9
13
22
40
64
57
76
61
0.01 mg/day
0.5 mg/day
0.7 mg/day
1.1 mg/day
2.0 mg/day
3.2 mg/day
2.9 mg/day
3.8 mg/day
3.1 mg/day
0.7 mg/day
0.9 mg/day
1.3 mg/day
2.2 mg/day
10 mg/day
10 mg/day
10 mg/day
10 mg/day
10 mg/day
Institute of Medicine : Dietary Reference Intakes for Calcium, Phosphorus, Magnesium, Vitamin D, and Fluoride, National academy press, Washington D.C., p.8, 18-20, 1997.

 一方、摂取許容量をみると4〜8歳では男女児とも2.2 mg/ day、9〜13歳では10.0 mg/ day、がその摂取許容量です。摂取許容量が示されているのは、フッ化物の過剰摂取では歯のエナメル質が白く濁る歯のフッ素症(斑状歯)がでるし、極端な過剰摂取では骨フッ素症という一種の骨硬化症が起こる可能性があるからです。この場合、4〜8歳までは0.1mg/ kg/ day、すなわち、適正摂取量の倍量である体重1 kg当たり0.1 mgを摂取許容量とし、それ以上のフッ化物を毎日摂取すると過剰であることを示しています。ところが、9〜13歳以上の年齢では、年齢も、性別も無関係に 10.0 mg/ dayがその摂取許容量です。これはどうしたことでしょうか。

 フッ化物の過剰摂取による歯のフッ素症(斑状歯)になる可能性があるのは、顎骨のなかで歯とくに歯のエナメル質が形成されているとき、すなわち、永久歯であれば誕生から8歳までの時期(第一大臼歯の歯冠の石灰化の開始から第二大臼歯の歯冠の完成まで)ですが、9歳以降はフッ化物の過剰摂取があっても歯のフッ素症(斑状歯)になることはないのです。すなわち、9歳以降の摂取許容量10.0 mg/ dayというのは骨フッ素症に対する摂取許容量ということになるのです。

(5)フッ化物推奨投与量

 表6は、国際歯科連盟 (FDI、1993年) によるフッ化物推奨投与量です。小児の年齢群別に、飲料水のフッ化物濃度別のフッ化物推奨投与量が 1日あたりのフッ化物量mg(mg/ day)で示されています。例えば、飲料水フッ化物イオン濃度が0.3 ppm以下の、いわゆる普通の地域での水道水フロリデーションを実施していない地域では、3〜5歳では1日0.5 mgのフッ化物を摂取することを推奨しています。しかし、この0.5 mg/ dayのフッ化物量は、先にあげた米国医学研究所によるフッ化物適正摂取量は4〜8歳児で1.1 mg/ dayでした。ほぼ半量に相当する量です。これはまた、どうしてでしょうか。

表6 国際歯科連盟(FDI)のフッ化物推奨投与量(mg/day)
子供の年齢
飲料水フッ化物イオン濃度 (mg/L)
0.3以下 0.3〜0.7 0.7以上
誕生〜3歳
3歳〜5歳
5歳〜13歳
0.25
0.50
1.00
0
0.25
0.50
0
0
0
FDI 1993年

 米国医学研究所によるフッ化物適正摂取量は飲食物中のフッ化物を含めての適正摂取量であるのに対して、国際歯科連盟によるフッ化物推奨投与量は飲食物から自然に摂取されるフッ化物に加えて、フッ化物製剤(フッ化物錠剤)などによる推奨投与量を示しているというのが、その答えです。フッ化物は、あまねくすべての飲食物に自然に含まれているのですが、とくに食物中のフッ化物は水や製剤のフッ化物と同じ効果をもたらすものではないということもあって、それだけでは歯の健康を保つには十分ではない、ということを思い出していただけたことと思います。ただし、わが国では、こうした全身応用のためのフッ化物製剤、すなわち、フッ化物錠剤とか赤ちゃんのミルクに滴下するフッ化物ドロップなどの製剤はないし、また、フッ化物の処方もほとんどなされていないのが現状です。

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