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5)フッ化物の局所応用

(1)フッ化物歯面塗布

 フッ化物歯面塗布は、萌出後の歯に直接フッ化物溶液を作用させる方法で、歯科医師と歯科衛生士(専門家)だけができる、通常、個人を対象にしたフッ化物局所応用法です。フッ化物の応用方法にはいろいろな方法がありますが、フッ化物歯面塗布は臨床的な応用法としては唯一の方法で、とくに幼児や小児期のむし歯予防方法として歯科医院やあるいは保健所等で行われてきた長い歴史があります。とくにわが国では他のフッ化物応用の普及が遅れたこともあって、フッ素といえばこのフッ化物歯面塗布を指すくらい一般の方にもよく知られている方法です。

  わが国では、1949年、厚生・文部両省から「弗化ソーダ局所塗布実施要領」、1966年には厚生省医務局歯科衛生課から、「弗化物歯面塗布実施塗布」が出され、その普及が図られてきました。歯科疾患実態調査によれば1〜15歳未満のフッ化物歯面塗布を受けたことのある者の割合は平成17年の調査では総数で59.2%に達しています。また、フッ化物歯面塗布は、1994年度からはむし歯多発傾向児に対しては医療保険の給付対象にもなりました。

 フッ化物歯面塗布によるむし歯予防効果はその方法によって大きく異なります。乳歯のむし歯予防として、新潟県の一つの村の全乳幼児を対象に、生後10ヶ月から3歳まで2ヶ月毎に年6回の塗布をおこなった特別な研究がありますが、乳歯のむし歯数が平均6.69から2.04本へと69.5%の減少、むし歯が全くない3歳児の割合が17.7%から51.5%に増加し、予想をはるかに超える大きな予防効果が得られました。これは、診療所にこられなかった幼児にも、全村にわたり家庭訪問までして2ヶ月に1回の塗布を徹底しておこなったものです。しかし、普通おこなわれている年2回程度の塗布では、むし歯の予防効果は 20%程度、やったりやらなかったりではほとんどその効果は期待できないということも知っていなければならないでしょう。

 フッ化物歯面塗布は歯の萌出期、交換期を通じて、萌出間もない歯に行うのが効果的です。萌出直後の歯の表面のエナメル質は、むし歯に罹りやすい反面、エナメル質にフッ化物が取り込まれやすいのです。乳歯であれば生後半年ころに下顎の乳前歯が生えてきて、3歳には乳臼歯も含めて全部の歯が生えそろいます。一方、永久歯であれば、成長の早い女の子ではもう4歳から、多くは5、6歳に最も大切な第一大臼歯が生えてきます。そして、第三大臼歯(親しらず)を別にすれば、もっとも遅く萌出する第二大臼歯は中学生で萌出し、2、3年かけて成熟するのです。結論的には、0〜15歳まで定期的に年2回以上の塗布を続ける必要があります。

  しかし、この方法は、使用するフッ化物溶液のフッ化物濃度が9,000 ppmときわめて高いので、安全性の観点から、一人ひとりの子どもに対して歯科医師などの専門家が原則として医療機関において対処しなければならない方法です。お母さんが気のむいたときにポケットからだして子どもの歯に塗ってあげる、というわけにはいかないのです。ことに幼児の場合には嫌がる子どもが対象ですから、大変手間がかかり、その費用もどうしても高くならざるを得ないのです。

  もう、すでにお気づきのことと思いますが、この方法では町の人みんなのむし歯予防対策にはならないのです。すなわち、他のフッ化物応用法に比較すると、公衆衛生特性が低いのです。効果・安全性が高く、簡便であり、費用便益比、すなわち、むし歯を防ぐ効果に比較してそれにかかる経費ができるだけ低い方法が、公衆衛生特性の高い、より優れた方法であるということができるのです。

 しかし、他の方法ができないときには、とくに3歳までの幼児や自己管理が困難な高齢者のむし歯対策にはこの方法しかありません。唯一のフッ化物の臨床的方法でもあり、定期的に歯科医院を訪ねて定期健診をかねて受診することは価値のある保健行動といえるでしょう。

(2)フッ化物洗口

 フッ化物洗口は、比較的低濃度のフッ化物水溶液を頻回ぶくぶくうがいをすることによって、萌出後の歯に直接フッ化物を作用させる方法です。洗口は下を向かずに、まっすぐ前を向いてぶくぶくうがいをします。

表7 フッ化物洗口液の組成と一回のフッ化物使用量
  フッ化物とフッ化物濃度 洗口1回に使用するフッ化物量
洗口法 NAF % F % F ppm 洗口液量 フッ化物量
毎日法 0.05 0.023 225 5 ml 1.15 mg
週1回法 0.20 0.090 900 10 ml 9.00 mg
adapted and modified from Whitford G. M., J. Public Health Dent., 1992 6)

 洗口の頻度には毎日法(毎日1回法、週5日法ともいう)と週1回法があり、それぞれの処方や術式が違います。表7にあるように、毎日法は洗口液が0.05%フッ化ナトリウム水溶液(フッ化物イオン濃度としては225 ppm)と比較的低濃度であることから、保育園や幼稚園児に向いています。1回の洗口液量は5 ml(7ml使用のこともある)と少量です。これに対して週1回法は0.2%フッ化ナトリウム水溶液(フッ化物イオン濃度としては900 ppm)と毎日法の4倍の濃度で、1回の洗口液量は10 mlで、小学生以上の年齢に向いています。

 わが国の就学前児童のフッ化物洗口は、保育園や幼稚園の4歳児及び5歳児を対象に、看視下において30秒〜1分間洗口するのが最も一般的です。その実施に先立って水で洗口練習を行い、洗口可能になった児童に実施することが求められています。以下、こうした標準的な術式(標準法)について述べることにします。

a.就学前児童のフッ化物洗口法についてのWHO見解

 WHO(世界保健機関)は1994年、テクニカルレポート(Series No. 846、Fluorides and Oral Health)において、6歳未満の就学前児童のフッ化物洗口法は推奨されないとの見解を示しました。標準的な洗口法ではフッ化物の口腔内残留量は少量であり、歯のフッ素症の原因にはならないが、他の経路から摂取されるフッ化物の総量によっては歯のフッ素症を増加させるかも知れない、との危惧から推奨できないとしたのです。

 上記WHOの見解の背景となった研究では、就学前児童は洗口液の全量を飲み込んでしまうことを考慮しなければならない。5歳児を想定した時、洗口液の全量を毎回飲み込むと仮定すると歯のフッ素症を誘発させる可能性があり、とくに他のフッ化物の複合応用があった場合には許容できない、としたのです。

 この報告によると、洗口液全量を飲み込む児童は3歳児で多く6.9%、4、5歳児ではそれぞれ2.8%と1.8%でしたが、以下、述べるようにように、わが国では3歳児の洗口は推奨していないし、また、4、5歳児でも洗口可能な児童のみに限って洗口をしています。この報告では洗口液全量を毎回飲み込むと仮定した時の歯のフッ素症の誘発可能性について論じたもので、この仮定そのものが非現実的であるばかりでなく、少なくともわが国の実状からはかけ離れた論議とみるべきでしょう。

 また、とくに他のフッ化物の複合応用があった場合には許容できない、としている点も注意を要するところです。この場合、他のフッ化物というのは日本以外の多くの国では水道水フロリデーション(後段で解説します)が行われており、子どもへのフッ化物錠剤や他のフッ化物サップリメントの処方があることをいうのです。しかし、こうした全身応用はいずれも現在のわが国では存在しないことを知らなければなりません。

 わが国の学校等におけるフッ化物洗口への参加者は、2006年3月末現在、38都道府県、5,131施設、491,300人余りに及び、そのうち施設数では3,313施設(64.6%)、洗口参加児童数では143,400人(29.2%)あまりが保育園、幼稚園等の就学前児童です。このような経緯から、このレポートはわが国における重要な検討課題となり、日本口腔衛生学会フッ化物応用研究委員会では、1996年に「就学前からのフッ化物洗口法に関する見解」を発表し、わが国の状況についての考察を通じて、わが国における就学前からのフッ化物洗口法推進の妥当性とその必要性を明らかにしました。

 このことに関連して、就学前児童の洗口によるフッ化物飲み込み量について、フッ化物洗口を実施している4、5歳児769名を対象とした、わが国における大規模な調査研究があります。対象の児童は水での洗口練習を経た後、標準法で洗口を行なった結果、洗口液を全量飲み込んだ児童は全くなく、表8にあるように、フッ化物の口腔内残留量は0.17〜0.19 mg(10.7〜12.0%)でした。また、全体の99.2%は0.5mg以下の残留量であり、0.5 mgを越えた児童が4名いましたが、追跡調査では、いずれも0.5 mg以下の残留量になりました。

表8 年齢群、フッ化物洗口経験期間別の口腔内フッ素残留量
(0.05% NaF、7ml、1分間洗口)
年 齢 洗口経験 人 数 残留フッ化物量 残留フッ化物率
4 歳10カ月 1-2カ月 260 0.19 mg 12.0%
5 歳 4カ月 8カ月 509 0.17 mg 10.7%
adapted and modified from S.mutans. Kobayashi、 et. al.、 AAPHD, 1996 8)

 米国立歯科衛生研究所(NIDR)は水道水フロリデーションをしていないオハイオ州スプリングフィールドにおいて、就学前児童の5歳児及び小学校の1年生から開始し8年間にわたる大規模なフッ化物洗口、フッ化物錠剤並びにこの両者の併用試験を行いました。

表9 各種フッ化物応用法と Deanの歯のフッ素症スコアーによる歯のフッ素症
出現頻度(Very Mild〜Severe)と地域斑状歯指数(CFI)
   
正常* 疑問 斑状歯の程度*
地域斑状歯指数
  人 数
0 0.5 1-4
CFI**
洗 口 159
93.1 (148) 3.8 ( 6) 3.1 ( 5)
0.07
錠 剤 145
91.7 (133) 2.8 ( 4) 5.5 ( 8)
0.15
複 合 144
91.0 (131) 4.2 ( 6) 4.9 ( 7)
0.10
全 体 448
92.0 (412) 3.6 (16) 4.5 (20)
0.11
( )内は人数、  *χ2=1.08, P =.59(有意差なし)  ** ANOVA, P =.31(有意差なし)
adapted and modified from Nowjack-Raymer et. al., J. Public Health Dent. 1995

 表9は、フッ化物応用を5〜7歳から9年間実施した後の歯のフッ素症の調査結果です。地域斑状歯指数(CFI)でみると、フッ化物錠剤にフッ化物洗口を重ねた複合応用群でCFIの上昇がみられないことから、フッ化物洗口では歯のフッ素症は生じないと結論されました。なお、この地域斑状歯指数(CFI)は0.4以下ではフッ化物過剰について公衆衛生的に問題がないとされ、いずれも問題とならないレベルであることが分かります。

 長年、フッ化物洗口法の研究に携わってきたニューヨーク州立大学のRipa教授の研究によれば、学校や幼稚園での週1回または2回のフッ化物洗口プログラムで、この年齢層でちょうどエナメル質の形成期にあたる臼歯部においても、エナメル質の障害を示唆するような所見は得られていません。また、国内外におけるフッ化物洗口の長年にわたる実施実績においても、フッ化物の過剰摂取による急性中毒の例も、歯のフッ素症が発現したとの報告もありません。このことは上記のWHO見解においても明確にされている事柄でもあります。

 最近、米国歯科医師会は、飲料水中のフッ素濃度が0.3 ppm以下の通常の地域に住んでいる3〜6歳児に対して、自然の飲料水や食物からのフッ素量に加えて、1日0.5 mgのフッ素をフッ化物錠剤などによって投与することを奨めています。上記の洗口によるフッ化物残留量が、平均値でこの推奨量の3分の1程度であり、いずれも推奨量の範囲内にあることは重要な所見です。

b.就学前児童からのフッ化物洗口の意義
図3 フッ化物洗口開始年齢による永久歯むし歯歯数
図3 フッ化物洗口開始年齢による永久歯むし歯歯数
境  脩ら:口腔衛生会誌、1988 15)

 図3は、1970年に開始され17年間続けられた、新潟県弥彦村におけるフッ化物洗口の経過を示したものです。はじめ小学校から、次いで保育園から開始されたフッ化物洗口のむし歯の予防効果を学年別および全学年生徒の永久歯の平均むし歯歯数(DMFT指数)で示してあります。全学年平均のむし歯歯数で見ると、この数値は予防対策実施前の1970年の2.27から8年後に1.39、さらに17年後には0.48へと急激な減少を示しています。

 8年後の数値は小学校1年生から洗口をしたときのむし歯予防率であり、そのときの予防率は 38.8%でしたが、17年後の数値78.9%は4歳児から洗口をしたときのむし歯予防率を示しています。4歳児からの実施と小学校1年生からの実施を比較するとその実施期間の差は2年間に過ぎないのですが、4歳児からの実施で格段の好成績が得られています。最もむし歯になりやすい第一大臼歯が就学前から萌出し、小学校入学時にはすでにむし歯になることが少なくないのですが、これを予防することが就学前児童からフッ化物洗口が必要である理由なのです。

c.成人に対するフッ化物洗口の効果

 成人に対するフッ化物洗口のむし歯予防効果に関する臨地試験報告があります。対象者は、18〜35歳、平均年齢21.5歳の陸上自衛隊員で、フッ化物洗口群(0.05%NaF、週5回法)91人と対照群84人の計175人で、対象者の2年間の協力のもとで行われたものです。表10は、一人平均のむし歯増加量を、調査期間2年間に新しくできた新生むし歯増加歯面数で示したものです。普通の検診では全歯面で38.2%、臼歯部平滑面(奥歯の平らな歯面)で47.5%、X線診断では臼歯隣接面(奥歯の隣の歯と接する歯面)で39.0%の、いずれも統計学的に有意なむし歯予防率が見られました。この結果は、今後の成人に対するむし歯対策にもフッ化物洗口は有用な方法であることを示唆するものでした。

表10 成人を対象にしたフッ化物洗口によるむし歯予防効果
(新生むし歯増加歯面数)
  視診型診査 X線診査
  New DMFS指数   臼歯平滑面 臼歯隣接面
対照群 3.17 (0.45)     1.98 (0.29) 1.21 (0.17)
洗口群 1.96 (0.32)     1.04 (0.19) 0.64 (0.10)
予防率 38.2%*       47.5%** 39.0%*
 * : p<0.05  ** : p<0.01 
郡司島、口腔衛生学会雑誌、1997
d.わが国におけるフッ化物洗口法のむし歯予防効果

 わが国におけるフッ化物洗口法の臨床的予防効果を扱った研究は多数あります。基本的にはほとんどがいわゆるスクールベース(学校等で集団で行う洗口)での研究ということになるのですが、洗口終了後、数年を経た20歳における評価や、多数の地域群での比較、自衛隊隊員を対象とした成人での研究などと多彩です。しかし、齲蝕予防効果は30.5%〜79.0%と比較的高く、いずれも統計的に有意でした。なかでも、洗口開始年齢が4歳と低く、洗口期間が長いときに高い齲蝕予防効果効果が得られることは明らかでした。そのほとんどの結果は20歳での評価を含めて50%以上の予防率を示し、洗口終了後、数年を経た20歳における評価においても期待以上の効果が得られたことは、この方法が、洗口を実施している学童にとってのみではなく、将来にわたる実施地域住民の歯科保健の向上に重要な役割を演じていることが示されているといえるでしょう。

 周知のようにわが国は現在に至っても水道水フロリデーションや食塩のフロリデーション(食塩のフッ化物調整)などポピュレーション・ストラテジー(地域住民を単位としたむし歯予防に関する歯科公衆衛生分野)では国際的に大きく遅れをとっています。一方、フッ化物洗口法はとくに小児期の永久歯むし歯予防方法として、その高い安全性と確実な予防効果、簡便で高い経済効果が保証され、わが国でもすでに地域保健の中で40年になんなんとする実績があるのです。とくに保育園、幼稚園、小中学校などの施設での集団応用に向いているという優れた公衆衛生特性をもつものとして、もっと活用されてよいでしょう。

e.市販のフッ化物洗口剤について

 現在、わが国では商品名ミラノールおよびオラブリスというフッ化物洗口剤が市販されています。粉末状の製剤を水に溶解して使用するものです。ミラノールでは、黄色包装(水溶液でのフッ化物濃度250ppm)とピンク色包装(同450ppm)のものがあり、幼小児に使用する時は濃度の低い黄色包装の製剤を毎日寝る前に1回使用するようにします。オラブリスでは、一包が1.5g(フッ化物は165mg)で300mlの水で溶かすと250ppm濃度、167mlに溶かすと450ppmの洗口剤ができるようになっています。

 水溶液となった洗口液は普通薬ですが、粉末状の製剤そのものはフッ化物濃度の関係から劇薬扱いとなっているので保管等については十分な注意が必要です。

 また、厳密にはフッ化物洗口剤の範疇ではないのですが、商品名レノビーゴというセルフケアー・タイプの噴霧型フッ化物製剤が発売され、かなり普及しているといいます。歯みがきをした後で直接歯面に噴霧するもので、フッ化物濃度は 100 ppmと低く、数回の噴霧で全使用液量は0.1 ml、使用フッ化物量は0.01 mg程度であり、そのまま全量を飲み込んでもフッ素の過剰摂取についての心配は全くいらないのです。歯磨きが十分できない幼小児やハンデキャップをもった人に使用するのに適したアイデア製品であり、一般家庭で使用するのに向いています。

f.学校等におけるフッ化物洗口の現状

 図4は、わが国の学校等における公衆衛生的なフッ化物洗口の普及状況を、調査開始の1983年から2006年までの推移をNPO法人日本むし歯予防フッ素推進会議(略称、NPO法人日F会議)の調査結果を表したものです。2006年3月末現在、38都道府県、5,131施設、49万1,300人余りに及び、前回の2004年の調査から施設数で 30.1%、参加学童数で24.3の増加でした。近年、増加が著しいのは、ようやくにして、わが国においても、フッ化物によるむし歯予防効果の認識の広がりが見え、ことに、厚生労働省が2003年1月14日、厚生労働省医政局長および厚生労働省健康局長連名により全国各都道府県知事にあてて「フッ化物洗口ガイドライン」を通知したことが、ひとつの転機になったようです。この調査を担当した、NPO法人日本むし歯予防フッ素推進会議(NPO法人日F会議)は2010年までの目標を、「学校等における公衆衛生的フッ化物洗口の参加学童数100万人」を掲げています。

NPO法人 日本むし歯予防フッ素推進会議調べ(2006年3月末)
NPO法人 日本むし歯予防フッ素推進会議調べ(2006年3月末)

(3)フッ化物配合歯磨剤

 ブラッシングが習慣として定まっている人々にとって、フッ化物配合歯磨剤は有用なフッ化物の供給源で、毎日の歯みがきだけでフッ化物の恩恵を受けることを可能にするのです。世界保健機関(WHO)は、全ての人々にフッ化物配合歯磨剤の使用を推奨し、世界中にフッ化物を供給する重要なシステムであると述べています。

  わが国を含め、多くの国で、フッ化物配合歯磨剤のシェアは90%に達しており、様々なフッ化物応用法の中で圧倒的に多数の人々に利用されています。先進諸外国では、この30年間にむし歯の大きな減少を経験していますが、フッ化物配合歯磨剤の普及が共通の要因であると評価されています。

 わが国では、フッ化物配合歯磨剤は医薬部外品として位置づけられ、配合フッ化物は、フッ化ナトリウム(NaF)、フッ化スズ(SnF2)、モノフルオロリン酸ナトリウム(MFP)の3種類が承認されており、いずれの場合もフッ化物濃度は1,000 ppm(0.1 %)以下と規定されています。

a.フッ化物配合歯磨剤の有効性

 フッ化物配合歯磨剤のむし歯予防のメカニズムは、エナメル質、特に初期むし歯病巣へのフッ化物沈着による再石灰化の促進と、歯垢中へのフッ化物の蓄積です。歯垢中のフッ化物は、抗菌作用の他に、フッ化物の蓄えとして機能し、むし歯侵襲時に脱灰の抑制とともに再石灰化の促進に寄与します。

 フッ化物配合歯磨剤の有効性に関する研究については、1945年以降多数の研究が行われています。わが国の主な調査によると、う蝕抑制率は効果なしの 0%〜40%までと広範囲にわたり、個々の研究は、配合フッ化物の種類、研究期間、対象者を管理下に置くかどうか、対象者の年齢などと背景が異なりますが、フッ化物を含まない歯磨剤との比較研究で、研究の約半数が統計学的に有意差が得られなかったのです。このことを踏まえると、全体としてむし歯の予防効果は20%程度とみるのが妥当なようです。しかし、成人から高齢者にかけて歯周病などによって歯肉の退縮がおこり、治療困難な歯根面むし歯が多発してきますが、この歯根面むし歯の抑制に効果的であるという研究もあり、有望であると考えてよいでしょう。

 わが国では、水道水フロリデーションが実施されていないし、フッ化物錠剤もないし、フッ化物洗口もできないので、フッ化物配合歯磨剤は、低年齢児が日常的に利用できる唯一のフッ化物供給源になります。

b.フッ化物配合歯磨剤の効果的な利用法

 ブラッシングやブラッシング後の習慣に関する研究から、フッ化物配合歯磨剤の効果的な利用法として、(1)ブラッシングの回数を1日2回以上使用すると有意に歯垢中のフッ化物濃度の上昇がみられること、(2)継続的に使用すること、(3)ブラッシングの実施時間は就寝時が効果的であること、(4)使用する歯磨剤の量を0.5g以上とすること、(5)ブラッシング後の洗口回数を少なくすること、(6)ブラッシングの直後の飲食を避けること、などが挙げられています。

c.フッ化物配合歯磨剤の安全性

 フッ化物配合歯磨剤の安全性は、洗口や吐き出しのできない年齢層の口腔内残留フッ化物量が問題となります。ある研究によると、1〜4歳児ではブラッシング後、49%が口をすすがず、また、すすいでも吐き出しができるのは2.5歳未満児で5%、 2.5〜4歳児で32%でした。すなわち4歳以下では、使用した歯磨剤のほとんどを飲み込んでいるとみることができます。一方、歯のフッ素症の発現リスクは、6歳以下の幼小児期に集中し、とくに、審美的に問題とされる上顎中切歯が歯のフッ素症にかかる臨界期は1〜3歳であるので、低年齢児によるフッ化物配合歯磨剤の使用が「歯のフッ素症のリスク・ファクター」としての意義が論議されるのです。

d.フッ化物配合歯磨剤の使用と歯のフッ素症

 幼児によるフッ化物配合歯磨剤の飲み込みにより、歯のフッ素症の発現率とその症度が増加するかどうかが、水道水フロリデーション地域と非調整地域の両方で観察されました。これらの研究では、2、3歳からという「早期使用」ほど、また「歯磨剤を好む、歯磨剤を飲み込む」という傾向にあるとき、水道水フロリデーション地域での「累積使用」が歯のフッ素症の有意な、あるいはそれに近い誘因としてあげています。

 フッ化物応用法が複合的に利用されている欧米諸国では、幼児による歯磨剤からのフッ化物摂取が歯のフッ素症の発現率や症度の増加に関るリスク・ファクターとして懸念されています。そこで、WHOをはじめとする専門団体は、6歳未満児のフッ化物配合歯磨剤の使用に関するガイドラインを提示しており、そこには、両親による歯磨きの実施や監督、歯磨剤の「pea-size(豆粒大)」の使用量、小さな毛先部分を持つジュニア・サイズの歯ブラシの使用、歯磨剤チューブの供給口の縮小、および注意を促すラベル標示などが含まれています。

e.6歳未満児におけるフッ化物配合歯磨剤の使用に関する注意事項

 6歳未満児におけるフッ化物配合歯磨剤の使用についての注意事項を列挙すると、つぎのようになります。すなわち、(1)使用量はpea-size(豆粒大)で幼児用歯ブラシの1/2の量を規準とする。(2)3歳未満では1日1回、3歳以上では1日2回(就寝時と他に1回)使用する。(3)幼児が白分で磨くときは、適量の歯磨剤を保護者が歯ブラシにとり、ブラッシングの間、監督する。(4)歯磨剤の吐き出しや洗口を練習させる。(5)使用直後の飲食を控える、などです。

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